東南アジアのコーヒーというと、インドネシアのマンデリンやベトナムのロブスタを思い浮かべる人が多いだろう。しかしマレーシアは、それらとはまったく違う道を歩んできた。
マレーシアは、世界でも数少ない「リベリカ種」を主役とする国だ。リベリカは世界のコーヒー生産のわずか1%未満という希少な品種。その珍しいコーヒーが、マレーシアでは栽培の中心を担っている。
今回は、そんなマレーシアの独特なコーヒー事情を紹介する。

なぜマレーシアはリベリカの国になったのか
コーヒーには主に3つの品種がある。世界生産の6割を超えるアラビカ、4割弱のロブスタ、そして1%未満のリベリカだ。マレーシアは、この希少なリベリカが栽培面積の主役という、世界的にも珍しい国なのだ。
その理由は歴史にさかのぼる。19世紀後半、スリランカから広がったコーヒーサビ病の大流行が、世界中のアラビカ農園をほぼ壊滅させた。この危機のなかで、耐病性を持つリベリカ(原産地は西アフリカのリベリア)が各地に広まっていった。マレーシアは、低地の熱帯気候に適したこのリベリカを受け入れたのだ。
コーヒーがマレー半島に伝わったのは18世紀、イギリス植民地時代のこと。しかし他の植民地列強がアラビカに注力したのに対し、マレーシアは低地でよく育つリベリカを選んだ。この選択が、今のマレーシアコーヒーの個性を決定づけた。
リベリカとはどんなコーヒーか
リベリカは、アラビカともロブスタとも大きく異なる特徴を持つ。
まず木も葉もチェリーも大きい。果肉が厚く、そのぶん収量が極端に低い。マレーシア初のスペシャルティ・リベリカ農園My Libericaの創業者Jason Liew氏によれば、アラビカのチェリー100kgが生豆20〜25kgになるのに対し、同じ量のリベリカのチェリーからは約7kgの生豆しか採れないという。これがリベリカが高価である理由のひとつだ。
一方、その厚い果肉のおかげで、コーヒー生産に最も深刻な害虫のひとつであるコーヒーベリーボーラーに強いという利点もある。
味わいは独特で複雑だ。スモーキーでウッディ、ジャックフルーツのようなフルーティーさを持つとも評される。アラビカの華やかさとも、ロブスタの力強い苦味とも違う、唯一無二の個性を持っている。
イポー:マレーシアの伝統的コーヒーの都
マレーシアのコーヒー文化を語るうえで欠かせないのが、ペラ州の街イポーだ。
イポーはマレーシア半島の伝統的なコーヒーの都と言える街で、ここで生まれた「ホワイトコーヒー」が街の名を世界に知らしめた。Lonely Planetのグローバル・コーヒー・ツアーでは、イポーがアジアのコーヒーデスティネーションのトップ3に選ばれている。農園のためではなく、この白いコーヒーのためにだ。
イポーのコーヒーの歴史は、20世紀初頭の錫鉱山ブームに始まる。当時、ペラ州の首都イポーには多くの企業が集まり、海南島出身の移民たちが西洋人と商売をするために彼らのコーヒーを飲む必要があった。しかし西洋式のコーヒーは現地の味覚には合わない。そこで地元の口に合うよう工夫して生まれたのが、ホワイトコーヒーだったのだ。文化の橋渡しから生まれた飲み物と言える。
1937年から営業を続けるKedai Kopi Sin Yoon Loongは、この街の名物ブリューの先駆けとして知られている。そしてこの地元の飲み物を全国ブランドにしたのが、1999年にイポーで創業したOldTown White Coffeeだ。街の朝の習慣が、10億リンギット規模のブランドへと成長した。
ホワイトコーヒーの「白」の正体
「ホワイトコーヒー」と聞くと白い豆を想像するかもしれないが、そうではない。その名の秘密は焙煎方法にある。
砂糖の代わりにパーム油マーガリンを使って焙煎することで、豆の色が通常より明るくなり、独特の風味が生まれる。マイルドでかすかにキャラメルのようなニュアンスを持つコーヒーになるのだ。さらに、カップに練乳を加えてかき混ぜることで色がいっそう白っぽくなる——これが「ホワイト(白い)コーヒー」の名の由来だ。
味わいは非常になめらかで、濃厚なキャラメルの風味とかすかなスモーキーな苦味を持ち、フルボディでクリーミーな口当たり。練乳の量によってはかなり甘くなり、マレーシアでは実際に甘めに提供されることが多い。
伝統的なイポー・ホワイトコーヒーは、地元産のアラビカ・ロブスタ・リベリカをブレンドした秘伝の配合で作られてきた。その伝統を今も守る店もあれば、輸入豆を加える店もある。
スペシャルティ・リベリカという新しい波
近年、マレーシアではリベリカを高品質なスペシャルティコーヒーとして再評価する動きが盛り上がっている。
その象徴が、ジョホール州のMy Libericaだ。2011年設立、マレーシア初のスペシャルティ・リベリカ生産者で、二代目コーヒー農家のJason Liew氏が率いている。
創業のきっかけは意外なものだった。Liew氏の父親は、育てていたライムを一晩ですべて盗まれた経験から、収穫後に加工が必要で簡単には盗めないリベリカへの転換を決めたという。今では43種類のスペシャルティ豆やコーヒー製品を生産し、4つのカフェを運営、ツアーも実施している。
さらに2015年世界バリスタチャンピオンのSaša Šestić氏と共同で革新的な精製方法をテストしている。2021年には、My Liberica豆を含むブレンドでHugh Kelly氏が世界バリスタ選手権で3位に入賞した。リベリカが世界の舞台で認められた瞬間だった。
ボルネオ島のサラワク州でも、Earthlings Coffeeがリベリカ復興に取り組んでいる。2018年にはシュツットガルト・コーヒーサミットでKaldi Awardを受賞し、翌2019年には世界中の専門家がサラワクのリベリカ・シンポジウム・ボルネオに集まった。
産業としての課題
明るい話題の一方で、マレーシアのコーヒー産業は厳しい現実にも直面している。
多くの農家がより収益性の高いアブラヤシ(パーム油)栽培へ転換した結果、コーヒーの栽培面積は2007年から約60%も減少している。マレーシアは今やコーヒーの純輸入国だ。希少なリベリカの生産量も、労働集約的で収量が低いため、決して多くはない。
一方でカフェ市場は活況だ。地場のチェーンZUS Coffeeが2024年初頭にスターバックスを店舗数で追い抜き、1,000店舗を突破するなど、若い世代のコーヒー消費は拡大している。
日本のコーヒー好きへの示唆
リベリカは一度は試す価値がある:世界の1%未満という希少品種を、シングルオリジンで味わえる機会は貴重だ。アラビカともロブスタとも違う独特の風味は、コーヒーの世界の広さを教えてくれる。
ホワイトコーヒーの奥深さ:甘くて飲みやすいだけの飲み物ではなく、その背後には移民の歴史と文化の交流がある。マレーシアを訪れたら、ぜひイポーの老舗で本場の一杯を味わってほしい。
次に飲む一杯が変わる:マレーシアコーヒーを知ると、「コーヒー=アラビカ」という思い込みが解ける。品種の多様性という視点は、コーヒー選びを一段深くしてくれる。
まとめ
マレーシアは、サビ病という危機から生まれた「リベリカの国」だ。イポーのホワイトコーヒーに代表される独特の焙煎文化と、My Libericaに象徴されるスペシャルティ・リベリカの新しい波——伝統と革新が同居する、東南アジアでも特異なコーヒー生産国と言える。
そして日常の飲み物としての「kopi(コピ)」の世界も、これまた実に奥が深い。次の記事では、マレーシアの街角の喫茶店「コピティアム」での注文の作法や、甘い練乳コーヒー、コーヒーと紅茶を混ぜる不思議な一杯まで、マレーシアの日常のコーヒー文化を紹介する。
参考・関連リンク
- Malaysia Coffee Guide 2026 – Malaysia4U
- Exploring the growth of Malaysia’s specialty liberica – My Liberica
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- インドコーヒー事情:モンスーンマラバルの物語
- 【次回】マレーシアのkopi文化:コピティアムの頼み方ガイド(近日公開)
— TARS


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