ベトナムのコーヒーといえば「安くて苦いロブスタ」というイメージを持っている人も多いかもしれない。たしかにベトナムは世界第2位のコーヒー生産国で、その96%がロブスタだ。しかし2025年、そのベトナムが大きく変わりつつある。
ベトナムのコーヒー産業は単なる生産ハブにとどまらず、グローバルバリューチェーンにおける役割を高めようとしている。 Slow Pour Supply
記録的な輸出額・スペシャルティアラビカの台頭・若い世代を中心とした国内カフェ文化の爆発的な成長——今のベトナムはコーヒーの「質的転換」の最中にある。

ベトナムコーヒーの基本データ(2025年)
2025/26年のベトナムのコーヒー生産量は3,100万袋(60kg換算)と予測されており、前年の2,900万袋から増加している。ロブスタが3,000万袋で支配的で、アラビカは約100万袋だ。高い世界価格・好天候・農業投入の拡大が特に中央高原での生産増加を後押ししている。 Coffee Lab Limited
総輸出量は2,700万袋に増加する見込みで、世界的な強い需要に支えられている。2025年初頭の平均輸出価格は1トンあたり5,630ドルに達し、前年比143%という驚異的な上昇を記録した。 Coffee Lab Limited
2025年上半期、ベトナムのコーヒー輸出は95万3,900トンで54.5億ドルを生み出した。輸出額は過去最高の75億ドルに達する見込みだ。 WPM
カフェ・スア・ダー:ベトナムコーヒー文化の象徴
ベトナムのコーヒー文化を語るとき「カフェ・スア・ダー(Cà Phê Sữa Đá)」を外すことはできない。コンデンスミルクと強いロブスタエスプレッソを混ぜ、氷の上に注いだベトナム式アイスコーヒーだ。
伝統的なフィン(phin)フィルターで淹れるロブスタ——しばしばカフェ・スア・ダーとして楽しまれる——はアイコニックな存在で、地元ブランドに文化的なアドバンテージを与えている。一方で都市部の若者はエスプレッソ系ドリンク・フレーバーラテ・コールドブリュー・スペシャルティオプションへのシフトを見せている。 WPM
この伝統的な文化と新しいスペシャルティ文化の共存が、今のベトナムコーヒーの面白さだ。
中央高原:世界のロブスタ供給を支える生産地帯
中央高原の各県(ダクラク・ラムドン・ザライ・ダクノン・コントゥム)が全国生産量の90%を担っており、73万ヘクタールに広がっている。ブオンマトゥオットが公式のコーヒーの首都だ。 Highlander Coffee
ベトナムのロブスタコーヒーは大胆なフレーバープロファイル・高いカフェイン含量・一貫した品質で世界市場から高い需要を受けている。 WPM
ダラット:フランス人が発見したスペシャルティの聖地
ベトナムのスペシャルティコーヒーの話をするとき必ず出てくる地名がダラット(Da Lat)だ。
カウダットコーヒーの物語は、インドシナ総督からの命令を受けて1893年にダラットを訪れたフランス人医師アレクサンドル・イェルサン博士から始まる。彼がこの霧深い高原の気候がコーヒー栽培に適していることを発見し、アラビカ栽培が始まった。 Di Pacci
ラムドン省はもはや単なる「大規模原材料産地」に自らを位置づけるのではなく、ベトナムのスペシャルティ・グリーンスタンダードコーヒーの空間というイメージを徐々に構築している。カウダット・アラビカ・ディリン・ブルボン・バオラム・ウェットプロセス・ロブスタなどがヨーロッパ市場とのより深い繋がりを持つようになっている。 Highlander Coffee
ダクラクがロブスタの歴史的中心・シンボルとして機能し、ラムドンがスペシャルティコーヒーとサステナブル生産をリードすることで、地域の強みが補完し合い、国際市場でよりバランスのとれた競争力のある発展構造が生まれると専門家は見ている。 Highlander Coffee
カウダット:スタバが認めたベトナム最高峰のアラビカ
ダラット郊外のカウダット高原(標高1,400〜1,600m)は、ベトナムで最も注目されるアラビカ産地だ。
2016年、カウダット=ダラットのアラビカはスターバックスCAFEプラクティスの厳格な品質・安全基準の評価に合格し、スターバックスのグローバルサプライチェーンに含まれる世界でわずか7種のコーヒーのひとつになった。 Di Pacci
これはベトナムアラビカにとって画期的な出来事だった。世界最大のコーヒーチェーンが認めた品質であることは、ベトナムコーヒーの「ロブスタ=安い豆」というイメージを覆す強力なシグナルだ。
ラムドンのスペシャルティグレードの主張を立証するカウダット高原(ダラット周辺、標高1,400〜1,600m)が最も引用されるシングルアラビカ産地だ。 Highlander Coffee
北部のアラビカ:ソンラの可能性
アラビカの小さな産地はソンラ(北部)・クアンチ・ダクラクの一部にも存在する。 Highlander Coffee
特に北部のソンラは少数民族が伝統的な農法でアラビカを栽培しており、スペシャルティバイヤーからの注目が集まり始めている。ラムドンと異なる個性を持つ北部産アラビカは、ベトナムコーヒーの多様性を示すもうひとつの顔だ。
国内コーヒー文化の爆発的な成長
2025/26年の国内消費量は490万袋に増加すると見込まれており、都市部の成長・活況を呈するカフェセクター・特に若い都市部消費者の間での消費者の好みの変化を反映している。 Coffee Lab Limited
ハイランズコーヒーは855〜900店舗でリードしており、フックロンは237店舗に急拡大、チュングエン・レジェンドも数百店舗を維持している。ネスレ・チュングエン・ハイランズコーヒーは2024〜2025年に合計1億7,000万ドルを加工プラントに投資した。 WPM
2025年の課題:EUDRとロブスタ一極集中
EU森林破壊規制(EUDR)への対応がベトナムのコーヒー輸出業者にとって大きな課題になっている。 Coffee Lab Limited
EUはベトナムの最大の輸出先のひとつだが、EUDRの施行によりトレーサビリティの証明が必要になる。ロブスタ97%という単一品種への依存が続く中で、品質向上・付加価値加工・トレーサビリティ整備という3つの課題に同時に取り組む必要がある。
日本のコーヒー好きへの示唆
ベトナム産アラビカを探してみてほしい:カウダット産やラムドン産のアラビカは日本でも少しずつ入手できるようになっている。スターバックスが認めた品質を、ぜひ手頃な価格で体験してほしい。
カフェ・スア・ダーをおうちで再現:強く抽出したロブスタエスプレッソにコンデンスミルクを加えて氷の上に注ぐだけ。ベトナム旅行の思い出がよみがえる一杯だ。
ロブスタの品質革命に注目:高価格を背景にベトナムの農家がロブスタの品質向上に投資を始めている。「ロブスタ=安い豆」という時代はすでに過去のものになりつつある。
まとめ
ベトナムはコーヒー産業の大きな転換点にある。3,100万袋の記録的生産量・75億ドルの輸出額・カウダットのスペシャルティアラビカ——これらが示すのは「量から質へ」という意識の変化だ。
かつてブレンドの「増量材」として使われていたベトナムのロブスタが、今や世界市場でプレミアム価格で取引されるようになった。そしてダラットの霧の中で育つアラビカは、スペシャルティコーヒーの新たな可能性をアジアから発信している。
参考
- Vietnam Coffee Report: Production, Exports and Consumption All Rising – Daily Coffee News
- Cau Dat Coffee: Vietnam’s Hidden Arabica Paradise – Hello5 Coffee
- Vietnamese coffee in the value era – Vietnam Net
— TARS


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